これからのこと。

約1ヶ月ぶりくらいにこちらに書くのかな。

 

今、ちょうど本当に過渡期なんだろうと思う。

 

今年はきっと僕にとってとっても大きな変化がさらに起きるだろう。

 

去年もそれこそ今までとは随分と変わる大きな変化がいっぱいあった。

 

けど、今年はさらにそれを大きく力に変える年なんだろうと思う。

 

生かすも殺すも自分しだいだろうって思う。

 

まだ全くわからないけど、もしかしたら自分でも驚くくらいの大きな波が押し寄せてくるかもしれないし、

 

もしかしたら、そんなことも全くないのかもしれない。

 

ただ、今は本当に耐え忍ぶ時期というか、

 

うまくいかないことや、どうしようもならない物理的なことを含めて

 

本当に辛抱して、そしてどうにかやっていくしかない。

 

周りの協力があってこそだとも本当に思うし、

 

それを応援してくれる人や、可能性を感じてくれる人のために

 

ほんとうに生き抜いて頑張らないといけないと思う。

 

この日記を1年後笑ってみていられるように。

今日で東京に来て丸4年になった。

ちょっと色々あって、

あんまり落ち着いた状態でなかったから

そんなことすっかり忘れてたんですけど、

今日で東京に来て丸4年になりました。

 

ひとまず、今書けることはそれだけ。

俺、がんばろう。

ひさしぶりにこちらに。

こっちに書くにはすごくひさしぶりだ。

一番テーマもなくだらだらと書く場所だ。

誕生日も終わり、なんとなくで34になった。

今年はさらに飛躍する歳にする。

35になる時にはひとつ何かカタチになっているって宣言していたから、

それまで後1年をきったわけだ。

早いな。あっという間だ。

 

さて、また複数のブログとかサイトを立ち上げた。

そこにまたもうひとつ仲間入りさせようと思う。

今回はgeorgek5555.comに追加するカタチでやろうかな…

それとも最近ものすごく気に入っていて、

新規でサイトを立ち上げる時につかっているTumblrにしようかな。

次に立ち上げるのは「詞」がテーマ。

 

というか、過去の作品とかもそうだけど、

新作の詞をアップしようかと。

というか、創作をひさしぶりに加速させようかと。

お仕事で詞をさせていただくことが少しずつ増えてきて

せっかくなら自己紹介出来るサイト欲しいなって思って、

だったら、サイトつくっちゃえばいいじゃんって思いました。

 

音楽のサイトや絵のサイトはあるけど、

そう考えたら「詞」のサイトってあるようでないなって。

まあ文字だから、結局ブログと同じくくりなんですよね。

なんか、テーマが欲しいなって

今書きながら思って、

そうだ、写真もテーマにしようって思いつきました。

つまりは、写真と詞。

写真の1枚載せて、それに合わせて詞を書く。

長い、短いは分からないけど、

とにかくそこからのインスピレーションで詞を書く。

 

まあ、それだけに限らず詞を載せていくこともしたいなって思うんだけど

どうしよw

 

まあ、でもとにかく

なにもとらわれずやるならそれがよさそうだな。

 

じゃあ、すぐにでも立ち上げるか。

 

これはまた気軽にやりたいから、

Tumblrがいいかなあ。

 

WPでやっちゃうと気軽さが半減しちゃう感じはあるんですよね。

 

なんというか、しっかりと腰を据えて感になっちゃうっていうか。

 

なので、Tumblrにしよう。

よし、とりあえずサイトを立ち上げよう。

 

作詞のお話。

深夜ブログになってから、

結構更新頻度いいんではないか?

 

あまり色々来にしなくて良くなったから、

むしろ気楽に書いております。

 

よくもまあ、こんなにも長いこと、

ひと目を気にして生きてきたものだなと。

 

いや、気にしていないようで

気にしていたんだなという方が正しいだろうか。

 

 

ここ何日か、他の方が書いた曲に詞をつける作業をやっております。

所謂、作詞です。

 

自分で曲を書く時は、その時点で詞が浮かんでいることが多いので、

割とすんなりとメロにはまる詞が浮かんでくるのですが、

他の方が書いた曲に詞を書く時は

僕の場合は、繰り返し、これでもかってくらいリピート再生して、

一度自分のカラダの中に浸透させて、

メロが頭の中で風景を描いてから書く感じです。

 

で、基本的にデジタルな人間のイメージがあるようなんですが、

意外にも、最初のアウトプットは紙にペンで書きます。

 

といっても、ノートとかにちゃんと書くのではなく、

とりあえず紙ならなんでもよくて、

めちゃくちゃ殴り描きます。

書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、書いて。

 

前述した通り、自分で描いたメロの場合は、確かにほぼメモとかとらず、

いきなりパソコンのテキストエディターで、カチャカチャ書いたりしますが、

さっき言った通り、他の方の曲の場合は

咀嚼するのに多少時間がかかるのです。

 

んで、その作業が、書いて、書いて、書いて…なのです。

 

書いては捨て、ではないのです。

書いて、書いて、書いて…なのです。

お酒なら、多分急性アル中か、起きたら留置所です。

 

同じフレーズを何度も書きます。

文字の質感を変えたり、速度を変えたり、強さを変えたり、

そんな感じです。

 

言うならば、演奏します。

 

あー、こいつ何いってんの?アーティスト気取り?

みたいなこと言われそうですので、先に謝っておきます。

すいません、気に触ったなら、さっさとブラウザ閉じてください。ジャップが!

 

…すいません、取り乱しました。

 

さて、まあそんな感じです。

で、ある程度メモをだーって書いたら、

今度はさっき書いたメモなんか見ずに

自分でメロを描いた時と同じように、いきなりテキストエディターでちくちく書きます。

 

え?さっきの作業いるの?って。

 

 

いるんです。

 

 

では。

 

消しゴム

更新を伝えることをやめて、

今こうして自由にこのブログを書くことを始めた。

 

前に比べると、あくまでも私的に使うブログだから、

きっと前よりももっと自分に問いかけるようにかくようになると思う。

 

誰かに見える形で書いているのは、

応えることの無くていいから、誰かに自分を分かってほしいと思う

そんな小さな、情けない、弱い自分の欲求からだろう。

 

僕には世界中の何に変えても

失いたくないほど深く愛した人がいた。

いや、これはあくまでもフィクションというか、

例え話というか、作り話だ。

 

そんな深く愛した人と決別しなくちゃいけない時が来ることがある。

男女の恋仲には、一生添い遂げるものと

いつか別れてしまうものがある。

 

人生でいくつも出会うそれの1つしか、一生添い遂げるものがなく、

ほかは全ていつか別れてしまうのだろう。

極稀に1つでは無い方もいるだろうが、大多数の人が1つでしかない。

 

いくつもの別れを繰り返してなんて、

そんな風な流行歌のフレーズは、嫌というほど聞くが、

その言葉が表すように、人生では別れの方が一生添い遂げるものより多く経験するだろう。

 

人生の中で、変えがたく、

何よりも大切だと思っていたものを

失ってしまうことの大きさは

言葉や、メロディや、ため息ですら表現しきれない。

 

きっと自分でも消化できなんだろう。

 

ボールペンで書きなぐったI love youを、

消すことの出来ない消しゴムで消し続けるようなもので、

消しても消しても消えなくて、

いつしか消しゴムがすり減って、

そして残った文字を見て気付くんだろうと思う。

やっぱり愛してるんだって。

 

そこまで、人は自分の愛を否定して、否定して、

ボロボロになった自分をさらに痛めつけて、

そして気付くんだと思う。本当にどうしようもなく好きなんだって。

 

書いた文字はすぐには消えない。

無理に消しゴムで消したって消えない。

けれど、時間が経てば、いつか風化して文字が見えなくなるかもしれない。

けれど、僅かに指でなぞると、

そこには確かにその想いが、書き殴られていたことが分かる。

 

それほど、人を愛することって

心の奥底に、しっかりと刻まれることなんだ。

 

無理に消すことも、

見えないように過ごすことも、

全部やめてしまおう。

 

消せば消すほど、どんどんキャンバスは白くなって

そして、クッキリとその文字だけが浮かび上がってくるから。

 

またきっと、同じようにこの文字をどこかに書くのだろう。

今度はその文字が消えないように、しっかりと濃く、

しっかりと深く刻み混むように書くのだろう。

その文字が、絶対に消えない様に。

 

そうやって、消せなくなるかもしれないという恐ろしさを抱くよりも、

どうやっても消えないでいてほしいと強く願う気持ちを

そんな誰にも負けない想いを

ただ持っていたい。

 

消しゴムなんていらない。

必要か否か

ここ数日は夜中に寝て、朝起きる生活をしています。

 

定期的に昼夜が逆転することをここ何年か…いや数十年繰り返していると思います。

 

昼の仕事だったり、夜の仕事だったり

今みたいに、フリーで活動時間は基本自分次第だったり

 

不思議なくらい昼が安定しません。

本当に様々な時間に生きてきたからかもしれない。

 

定期的に訪れる、この昼夜逆転なんですが、

精神的になぜだかすごく良くない。

 

何よりもなんだか色々考えこんでしまう。

なんというか、ナーバスみたいな状態になる。

 

 

割とこういう状況の時は

ひとりで塞ぎこんで割と誰にも相談してこなかった。

彼女でもいれば、その時は彼女に情けない泣き言などを聞いてもらったりしてはいたけれど、

それくらいだろうか。

 

こちらのブログを完全に個人的な深夜ブログにしたおかげで

わりと心のうちを出しやすくなった。

 

これのひとつ前の投稿なんて

ただの歌詞だ。

意味は無い。

いや、意味はあるけど、別にいうことでも無い。

 

外には雨が降りしきってる。

梅雨だからだろうな。

 

雨が降る季節があって、

雪が積もる季節があって、

夏には暑い日差しが照りつけて

花が開いたり、葉が色づいたり、

気づけば、そうでなければならない時間が多い気がする。

 

良く流行歌には、悲しみは続かないとか、かならず笑顔になれるとか、

なんかそういったポジティブなものが多いとは思う。

 

それはそれで、ココロが救われる人がいるならいいだろうし、

それを心の糧に毎日元気に進めるなら、どれだけ素晴らしいことだろうかとは思う。

 

けど、そんな簡単なことばかりでもない。

単館系の映画館でしか放送されないような、

どこまでも救いようのないほどの悲しく、切ないことだってある。

 

けど、どんなに苦しい日々だったり、悲しい日々だったりでも、

何かその場所にしか見えない明かりがあるだろうとは思う。

でも、ここでまた誰かは、それを支えに生きていこうなんて、そんな軽はずみなことをいう。

 

もし、それを失ったら、もう生きていけないの?

 

それを失った時に、さっき励ましの言葉をくれた人がいる確立なんて5%に満たないだろう。

その時の絶望感はきっと、ずっとずっと深い。

 

だから、深く考えちゃ駄目なんだ。

生きていて、毎日誰かが自分を必要としているかどうかなんてどうでもいいんだ。

例えば、僕が明日もし死んでも、

親兄弟は悲しんでくれるかもしれないし、

僕のことを知ってくれている人たちも一緒に悲しんでくれるかもしれない。

もし、そうだとしたらとてもシアワセなことだけど、

そうやって僕が死んでも、子供もいなけりゃ嫁さんもいない僕が死んだところで

困って泣き叫んで、どうしていいか分からない人なんていないと思う。

そういう意味では別に特に誰に必要とされているわけでもないんだ。

 

例えば僕に扶養家族がいたとしても、

しばらくは迷惑をかけるかもしれないが、

それこそ、居ないなら居ないなりの毎日を過ごすだけだ。

 

必要かどうかなんて、どうでもいい。

 

今こうして、指を動かして、したくてしているわけじゃない呼吸をして、

無意識のうちに腹がへり、好きだからキスをして、

欲しいから抱きしめて、眠くなるから寝るだけの

ただそんな毎日を、生きていけたらいい。

 

必要かどうかみたいな話をするとよく、必要にされるような人間になればいいという人がいる。

それすら、なんか強迫観念で嫌だ。

やっても分かんないことだっていっぱいある。

自分じゃ限界だって思って、決して限界じゃないのに諦めちゃうことだってある。

いいだって。別に。

 

問題は、誰かに必要とされることじゃなくて、

自分が必要かどうかだと思う。

 

でも、やっぱり分かんないよね。

答えは人それぞれだし、

その時々で、状況も変わるし。

 

 

何を言ってるか分からないって言われそうだな。

 

とりあえず雨が降ったら、傘を差すっていうのは

全員に当てはまることじゃないってことだけ、今の僕には分かってる。

ただそれだけです。

変化のない世界。

ただ日々が、今過ぎていく。

 

変わりゆく季節を、目の前に広げながら。

 

 

まだ君とすごした、あの日々から

 

抜け出せないで、思い出の中をさまよっているよ。

 

 

どうしようもなく、ダサくてかっこ悪い

 

そんなとこで変わらないでいるけど

 

 

 

君の居ないこの世界は、絶え間なく時が進んで、

 

一秒ごとに新しい何かが生まれて消える。

 

君と過ごしていたあの頃の僕が探していたものは

 

変化のない変わらない繰り返しの毎日だったけれど

 

メルマガを復活させようと思っているのだけれど。

今日の深夜ブログはどちらかというと生っぽい感じです。

とりとめないぐだぐだ愚痴ってる酔っぱらいな感じのブログなので、ご了承を。

あ、お酒は呑んでませんよ。

 

しばらくお休みしているのですが、メルマガをやってたりします。

 

やってるっていわないよな、本当に長いこと休んでるし。

連載の小説だってあるし、

休載から復活して2回くらい発行して無断で休んでるし。

 

無料だからとはいえ、あまりに酷い状態。

 

実は、ちゃんと復活したいと思ってるんです。

 

いや、ここまで色々ブログとかやってるから

メルマガやったところでという印象になると思うのですが、

メルマガはそれこそ雑誌に近い感じでしょうか。

こちらから強制的に届けるから読んでみたいな。

 

連載の小説はそのままちょっとお休みにして…

いや、実際にはその小説もプロットは頭にあるのですが、

ただここにきて筆が止まってしまってるんですよね。

なので、無理にひっぱりだすのではなく、

ちょっと落ち着いてから出そうかなと。

 

むしろ、今は読み切り短編をまた書きたい欲望に駆られています。

あ、以前ちょろっとやんたですけどね。

個人的にはすごくすきです。

なんというか歌詞とか描いてる感じというか、

1曲しあげる感じというのでしょうか、

なんかすごくすっきりするんですよね。

 

 

まあ、物語のお話はいいとして、

とりあえずメルマガを復活させようと。

 

今考えているのが、これだけばらばらになったブログの数々の

今週の記事を抜粋して、紹介しながら

そこに僕の個人的さらなる見解を足すみたいな。

 

…いや、それ微妙だなあ。

さっきまでいいと思ってたんですけど、

こうやって文章にしてみると

なんというか非常に意味がない。

 

鮮度の落ちまくったものを更に引っ張りだしてどうするんだってね。

 

 

それこそ、コラムに特化した方がいいのかな。

メルマガ初期の頃の形というのでしょうか、そんな感じに。

 

そして、本当に不定期にしてしまって、

コラムをどんどん単発であげていく。

小説浮かんだらあげていく。

そんな感じ。

 

 

そういえば、小説もひとつのサイトにまとめますよって宣言してから

完全に放置している。

 

うむ…ちょっとあの辺りで少し足踏みしてた感じがあるんだろうなあ。

 

とにもかくにもメルマガ復活させよう。

どちらかというと、このweblogに近い感じ。

 

思ったことを徒然なるままに

あちらには書きためていこう。

 

ようし、そうしよう。

うん、決まった。

この文章書きながら決まった。

 

そんな今。

もう少ししたら寝よう。部屋の掃除もなんとなくしたし。

では。

藍に染まる時間

ども、最近ブログを色々とたちあげて随分と気が楽になってきました。

 

こっちのブログはあくまでも気ままに深夜あたりにひっそりと

 

僕のこころの内側でもえぐりながら書いていきたいなと。

 

個人的な日記的なブログがいくつもあるには理由があって、

 

多分一番長く続けているこのGeorge.K’s weblogってタイトルのブログはアメブロとかから使っていますが、

 

最初はそんなことなかったんですが、

 

このアドレスに移転してからは、本当になんというか、

 

第三者から見ればわりと気取った感じに映るかもしれない文章。

 

僕的にはなんというか、一番むき出しなんですけど、

 

まあとりようによっては気取ってるというか、なんかそんな風に見えるかなと。

 

でも、そんなこと考えてたら、好きなように書けないから、

 

こんな風に夜中にひっそりと好き勝手書きたい時はこっちを使っていきたいと

 

そう考えた結果色々と他にブログを立ち上げた感じです。

 

まあ、その辺はまた新しいメインブログの方でも。

 

でも、どうして最近この時間にコッチ側を更新することが多いかっていうのには

 

ほんの少しきっと理由があるんです。

 

 

昔からちょくちょく書いてますけど、

 

いわゆるマジックブルーと呼ばれる時間帯、

 

日が沈む頃…そして僕的には日が昇る時もそう、

 

この全てが藍色に染まる、空気さえも藍に染まるこの時間が好きなんです。

 

 

この時間はとても不思議で、

 

朝も夕もむかしから、僕の周りではその瞬間だけふと静かな時間が訪れるんです。

 

あんだけ喧騒に包まれていた街も日が沈むその間際は、ふと時間が止まってしまうかのように静寂に包まれて、

 

日が昇る今頃は、まるで日が昇っていくのを待つかのように静かに淡々と時間が流れていきます。

 

 

 

僕はこの何かを語るようで、何も語らずに

 

ただ僕達を包んでいく、藍に染まる時間が大好きなんです。

 

 

悲しいことや、辛いことや、どうしようもならないことや、ただただ悔しいこと、

 

頑張っても報われないと嘆きそうになったり、後悔や懺悔を繰り返してみたり、

 

自問自答の中でいつまでもネガティブな答えしか出なかったり、

 

思い出さなければいいような嫌な思い出を繰り返し頭に描いたり、

 

そんなことばかりが繰り返されていくことだって結構頻繁です。

 

 

けど、それでもやっぱりこの時間が好きです。

 

全く救われないようなほどの辛い現実をつきつけられても、

 

それでも何一つ変わらず藍で包んでくれるこの時間が。

 

 

空気には色もなく、空は時間とともに色を変え、太陽は明かりを放ち、雲はそれを遮りながらも、

 

この時間はただ、ただ藍色に全てが染まっていきます。

 

 

僕のこともきっと藍で包んでくれているのだろう。

 

 

だから、なんだかほっとするのかな。

 

まだここにいていいんだって、同じように藍に染まれるんだって。

 

 

人と一緒じゃ嫌だって、同じ色は嫌だって、

 

僕には個性があって、そしてそれが唯一無二だって、

 

そう思っていたいし、そう主張してきたことだってあるけれど、

 

そんな風に孤独を求めていたって、

 

ふと同じ色に染まりたい時がある。

 

そんな弱い自分を、この時間は許してくれるているんだなって。

 

 

空が明るくなってきました。

 

また1日が始まります。

 

空を思いっきり吸い込もう。そうしよう。

くず鉄

先日僕がやっている情報まとめブログに

先日行ったデザインフェスタの模様をアップした。

デザインフェスタの公式がTwitterでそれをリンクしてくれたので、

おかげでアクセスはそこそこあった。

約1日で回るにはとてもすごい量の出展で、

正直全部を見ることは出来ずに途中駆け足でいったせいで、

見逃した面白そうなものあった。

 

当日はevent jotというTwitterと連携するアプリで

大量に写真をアップしていって、その中から

抜粋してブログにはアップした。

 

本当は他にも紹介したいなっていう展示はあった。

けど、結局どこにも出せずじまいのがある。

 

理由は簡単、出展者がネットには出さないでくれと言うから。

 

こう見えても出来る限りは出展者の人に許可をもらって掲載するようにはしている。

なので、他のお客さんと話し込んでて、結局挨拶も出来なかった人なんかも掲載はしていない。

まあ、それに関しては仕方のないことだが、

直接断られているケースもいくつもある。

 

ひとつのケースは、これから製品として売り出すから、売り出す前にはどこにも出して欲しくないというケース。

これは僕的にはすごく謎で、だったら出展何かしなきゃいいのにって思ってしまった。

おそらくは、大手なんかの目に止まれば、それこそあっという間にパクられるというのだったり、

遠隔地でパクられたら困るってことだろう。

いや、だからなんで出展するの?って話だし、

パクられる時とはパクられるよ。

世間に出す前に、特許とか意匠とかちゃんとやらずに販売しようとしている方があれだし、

今してますよっていうなら、それこそやってから出せばいいし、

そもそも、アイデアなんてものは、そこらにゴロゴロしてて、

きっとアナタが考えていることは、よそでも誰かが考えている程度のことだって話。

ましてや、それを製品化して販売しようっていうんだったら、

なんでインターネットで勝手に宣伝してくれようとしている人間を阻止するのかが不明。

正直勿体無い。

 

そして別のケースは、いわゆる絵の展示。

構図だったり、自分が考えたオリジナルキャラクターだったり、

作品そもそもをパクられるというか、写真で残されるのが嫌だということらしい。

だから、なんで出展するの?って思う。

デザインフェスタじゃないよ、あなたが出したい場所はって思う。

それと、構図とかキャラだったりもパクられる時は……結局さっき話したのと一緒。

 

自分や、自分の作品を広めようとしていて、

そのためにああいったフェスに出ているんだったら、

なんで、クチコミされることを拒むのかが疑問。

 

きっと彼らは、彼らの望むように

自分の小さな世界でしか拡散出来ずに

そのままひっそりと消えてしまい、

そしてそれをたまたま見てた誰かにこっそりとパクられて

パクられても、もともと拡散してなかったから、

どれだけ訴えでても、後から拡散しまくった方に負けてしまう。

 

きっと自分で自分がしたいことと逆のことしているんですよね。

 

なんかね、勿体無い。

こんな風に簡単に世界中に自分の作品を広められるようになった世の中だからこそ

それこそ情報の渦の中でチャンスを逃して埋もれてしまう。

どんな時でもチャンスを逃すやり方は同じ。

自分で逃す以外無いんだと思う。

 

いっぱいチャンス逃してきたからそう思う。

きっと誰しもがそうだとも思う。

なんか、無駄に自分をくず鉄にしないで欲しいなって、そんな風に思った。

ただの個人的ないらだちと悲しみのつぶやき。