べしゃりの天才

テレビを見ていると
とにかくとくしゃべるのに決してうるさいって
そんな風に思えない人が明石家さんまさんです。

まあ何よりもあの日が面白いっていうのも手伝っているんでしょうが。

あの方をみていると本当に面白く、
そして次から次に綺麗にトークを創り上げていく。

よくテレビの中でも言われているのが、
普段もまったく変わらずにずーっとしゃべっていると。

人がいる所でしゃべらないことがまずない。
飲み会とかあると絶対最後まで寝ないし、
トイレとかも極力いかないようにしているとか。

飲み会の件は僕も似たようなとこがあるので
非常に共感できます。

それにしても、人は彼をべしゃりの天才って言うのですが、
よくありがちな答えかもしれませんが、
生れながらにしてただ面白いのではなくて、
彼は大変努力家なんだと思います。

よく彼の話の中で
彼は出演番組を必ず全部チェックしているっていう話があります。
それどころか、自分が出演していなくても若手の番組とかもとにかくチェックしていて
常に”お笑い”というフィールドをおもいっきりチェックしているそうです。

テレビで彼のことを見たことがある人なら、
彼のギャグのひとつに、誰かが言ったギャグ等を
メモを取るしぐさをするというのがあります。
(「これもろうとこ」なんて発する時もありますね)

あれは単にギャグなんじゃなくて
実際に普段からもお笑いをチェックしながら
頭の中のエバーノートに記録しているのを具現化しただけなんじゃないかなと思います。

天才っていうとよく最近よくあげられるのがイチロー選手。
彼もいわゆる努力型だって言われます。

ただ、ふとそうやって2人を並べた時に思ったのが、
天才っていうのは努力をすることの結果というよりも
努力をすることが全く苦にならないことを手にいれることなんじゃないかと。

天に与えられた才能っていうだけあって、
人にはそれぞれにおいて努力をすることが全く苦にならないものがある。

例えばずーっと寝てていいよって言われても苦になる人は苦になる。
ずーっと食べてていいよって言われても苦になる人は苦になる。
つまり、何か自分が続けられることが出来るものを早い段階で見つけることが
きっと天才への近道なんじゃないかと思っています。

いや、そんなの当たり前じゃんって言う人も多そうですが、
そもそもそんなのを早い段階で手に入れられないことの方が大半。
これ好きなんだよねって思わされて生きてきて
ある日突然、「いやそんなに好きじゃない」ってなったりすること
結構多い気はします。

まあ、難しいんでしょうが、
とにかく子供を天才にしたかったら
とにかく好きなことをやらせるべきなんだろうなって。

ただね、無理に何かを与えることは決してよくないって思ったりもしています。
一番いいのは手を伸ばせば近くに用意に手に入るものを与えてみること。

自分が野球やってたならバットを握らせればいい。
自分がテレビが好きだったらいっぱい一緒に見ればいい。
自分が音楽家だったらいっぱい音楽に触れさせればいい。
自分が料理人だったらいっぱい料理を作らせればいい。

そうやってみて
それに馴染まないようだったら
もしかしたら違うのかもしれない。

天才になるには少し時間がかかる。
言うならばクリスマスの七面鳥のようなものだ。

時間をかけて下ごしらえをして
時間をかけてじっくり焼き
途中油をかけたりして手間をかけ
焼きあがったら飾りをつけて、やっと食べられる。

そんなもの。

そしてそれを作った本人は
それを美味しそうに食べる人たちを見つめて
その人達の笑顔でお腹いっぱいになって
そしてみんなが食べた後に少し味わう。

シェフは知っている、みんなが食べる前にほんの少し味見をして
それがどれだけ美味しくて、そして素晴らしいかを。

てな感じで締めくくればカッコイイっすか?
そうはいかないのがGeorge.K。

僕が天才というものを語るのは正直お門違いでしょうが、
ふと頭の中に浮かんだのでそのまま描いてみた。
批判があれば是非。

そんな僕は幼き頃にこんなことを言っていた。

「ある人が言った、天才は99%の努力と、1%の才能でできていると。
 ならば僕は100%努力すればいい。簡単な話だ。そんなに差は無い。」

あの頃の僕はこれからくる可能性を信じてとにかくキラキラしていた。
今がどうなのかは分からないが、そこそこいい年齢になってきたが、
まだ何かの可能性があるとするならば、やってみても損はないはず。

外は雪が降っている。
今年最初に東京に降る雪だ。

転ばないように、凍えないように。